2026年01月30日

生成AIで世界はこう変わる―企業が直面する新たな機会とリスク

2025年11月12日に開催された「Kong API Summit Japan 2025」に、株式会社GenesisAI 代表取締役社長/CEOの今井翔太氏が登壇。「生成AIで世界はこう変わる―エンタープライズが直面する新たな機会とリスク」と題し、基調講演を行いました。

生成AIの進化を支える「スケーリング則」

今井氏は東京大学松尾研究室で博士号を取得し、現在は株式会社GenesisAI 代表取締役社長/CEO、北陸先端科学技術大学院大学客員教授などを務めています。専門分野は生成AI、強化学習、AIエージェント、AIアライメントと幅広く、「生成AIの急速な進化と社会実装の最前線に立つ立場」です。

また、ベストセラーとなった今井氏の著書『生成AIで世界はこう変わる』に触れながら、「もともとゲームが大好きで、人間の認知の限界を感じたことがAI研究に進むきっかけになった」と語りました。

続いて本題として、最初に提示されたキーワードが「スケーリング」です。

「僕は研究者なので、まずは現在の生成AIやAIエージェントがどこまで来ているのかを、できるだけ正確に共有したいと思います」と前置きし、現状のAI進化を支えているのが「スケーリング則」であると説明しました。

生成AIの性能は、主に以下の3つの要素で決まると整理されました。

  • 学習データの量
  • 計算量(GPU台数やスーパーコンピューターの規模など)
  • モデルのパラメーター数(AIの“大きさ”)

これらを増やすことで、性能が一定の法則に従って滑らかに向上していくのがスケーリング則です。今井氏は「従来の科学技術は、あるところで突然ブレイクスルーが起きる“凸凹の発展”だったのに対し、「現状の生成AIはリソースを投下した分だけ素直に性能が伸びる世界に入っている」と指摘。

その結果、AIの研究開発は、高度な理論だけでなく「どれだけ計算資源を集められるか」が競争の焦点となっています。半導体市場やデータセンター投資、輸出規制といったマクロなトピックが、生成AIの性能と直結する構図が浮き彫りになりました。

「物知りな生成AI」から「よく考える生成AI」へ

スケーリングによる量的な進化に加え、ここ1〜2年で起きている質的な変化として、「物知りな生成AI」から「よく考える生成AI」へのシフトが挙げられます。

2024年までの生成AIは、司法試験や医師国家試験に合格できるほどの知識と推論能力を持ちながらも「一度答えを出して終わり」という性格が強かったと言います。それに対して現在のモデルは、時間をかけて考え直したり、途中で自分の推論を修正したりすることが可能になってきました。

その鍵となっているのが「推論時スケーリング」です。これは、学習後のモデルに対して「より長く考えさせる」ことで性能を引き上げる手法であり、今井氏の専門である強化学習の技術が活用されています。

今井氏は、東大数学入試を例に解説。2024年までの生成AIは6問中1問も解けない状況からスタートしましたが、「考える時間」を増やした新しいモデルでは、「東大の数学入試問題の8割ほどを解けるレベルまで到達した」と説明します。

「10年前にはまだ『人工知能は東大に入れるか』という議論がありましたが、いまは“普通に入れる”レベルに来ていると考えるのが妥当です。」

こうした「よく考える生成AI」の延長線上に登場しているのが、AIエージェントです。

今井氏はAIエージェントを「タスクを複数のステップに分解し、自分で計画し、外部ツールを活用しながら長時間の作業を自律的にこなすAI」と定義します。単発の回答で終わる従来の生成AIとは異なり、AIエージェントは、検索やデータベース接続、コード実行といった多様なツールを組み合わせ、目標達成まで作業を続けます。

講演では、株式の調査を自動で実行する中国発のAIエージェントをデモで紹介。銘柄の情報収集からニュースの要約、グラフの生成、簡易レポートの作成までを、AIエージェントがほぼ自動でこなしました。

今井氏は、AIエージェントの進化を「作業可能時間のスケーリング」として整理します。2020年頃のエージェントは、せいぜい4分程度の作業しか自動化できませんでしたが、現在では1時間、数時間規模のタスクが自動化できるようになってきていると指摘。

「このペースで伸びていくと、やがて“丸一日の仕事”単位でAIエージェントに任せられる領域が広がっていく」と中長期的な見通しを示しました。

科学研究・開発の自動化と「AIがAIを研究する」時代

AIエージェントの活用は、ビジネスだけでなく科学研究の世界でも急速に進展しています。

今井氏は、研究のプロセスを「仮説を立てる」「実験を設計する」「コードを書く」「実験を回してデータを集める」「論文を書く」という一連の流れに分解。「これら多くのステップが、すでにAIによって自動化されつつある」と説明しました。

実際に、研究テーマの自動生成から実験計画、実装、結果の分析、論文のドラフト作成までをAIが行い、その論文がトップカンファレンスに採択された事例も報告されています。今井氏は「2025年前半には、こうして生成された論文が一流の国際会議を通過する事例も出てきている」と述べ、科学研究の多くの部分がAIに委ねられる時期が近づいていると語りました。

さらに、「AIによるAIの研究の成果によってさらにAIが賢くなっていく」という自己強化的なループが形成されつつあると指摘。「研究開発のスピードそのものが、AIによって再設計される時代に入っている」と述べました。

生成AIが企業の業務変革につながらない理由

科学研究の分野ではAIエージェントの成果が出ている一方で、ビジネスの現場に目を向けると状況は異なります。「生成AIはすでに十分に賢く、AIエージェントも実用レベルにあるのだから、ビジネスが根本から変わっていてもおかしくない」と感じられますが、実際にはそうなっていません。

今井氏は「現実には、高性能な生成AIを導入しようとした企業の約95%がうまくいっていないというレポートもある」と説明。AIが人間よりも不便だったり、明らかに間違った結果を出したりする具体例―例えば、電話番号や金額の扱いを誤った請求書の生成、自販機の売上予測でのハルシネーションなどが示されました。

その上で今井氏は、企業による生成AIの活用がうまくいっていない背景を次のように述べます。

「AIはコンテキスト、つまりその仕事特有の背景情報を十分に理解していません。そのため作業しながらフィードバックをもらい、改善していくというサイクルが必要ですが、企業の現場ではまだ十分に回っていないのが実情です。」

また、企業として公式に導入しているAIツールよりも、従業員が個人的に使う“シャドーAI”の方が実務に貢献しているケースも少なくないと指摘。「GenAI Divide(ジェンエーアイ・デバイド)」と呼ばれる「AI活用能力・投資力の格差」が企業間に生まれていることも示し、導入企業のごく一部しか本当の価値を引き出せていない状況を説明しました。

AIネイティブな環境整備の必要性

では、なぜビジネスの現場では、生成AIやAIエージェントが十分に活用されていないのでしょうか。

今井氏は、その理由の一つとして「AIネイティブな環境が整っていない」ことを挙げます。

人間に最適化された世界は、AIにとって必ずしも扱いやすい世界ではありません。物理的な世界では、階段やドアの位置、道具の設計など、あらゆるものが人間の身体能力を前提にデザインされています。情報の世界でも、PDFや画像中心の資料、複雑なHTML構造、紙ベース前提の業務フローなど、AIにとって扱いづらい形式が多数存在します。

「寿司職人がなぜおいしい寿司を握れるのかを完全に言語化できないように、人間が暗黙知として身につけている多くのスキルは、AIにそのまま渡せません。AIがより効果的に作業できる環境に業務や情報を作り替えていく発想が必要です」と強調しました。

その一例として、テキスト主体で検索しやすいナレッジの整備や、AIエージェント同士がやり取りするためのプロトコル(MCPなど)の取り組みが紹介され、「AIが扱いやすい世界に寄せていくことが、企業側の重要な役割になる」とまとめました。

AIが扱いやすい環境整備において、本イベントのテーマであるAPIは極めて重要な役割を果たします。

今井氏は「現在の多くのエンタープライズ向けAPIは、人間による事前定義された操作を前提として設計されている」と指摘。人間の画面操作に合わせて呼び出されるAPIは、人間がゆっくりボタンを押し、フォームを入力するペースに合わせて設計されてきました。

しかし、AIエージェントが自律的に業務フローを回す世界では、この前提が大きな制約になります。

「AIエージェントが本当に力を発揮するには、Agent-readyなAPIが必要です」と今井氏は語り、求められる要件のイメージをいくつか挙げました。

  • 人間の操作手順ではなく、インテント(意図)ベースで定義されたAPIエンドポイント
  • AIエージェントが理解しやすいメタデータや専用ヘッダ
  • エージェント向けに最適化されたAPIドキュメント
  • 一連のタスクを通じてコンテキストを維持できるステートフル(状態保持型)なミドルウェア
  • 大量アクセスや長時間セッションを前提とした高いスケーラビリティと信頼性

さらに、Microsoft Researchの「The Agentic Economy」や、Microsoft CEOのSatya Nadella氏が提唱する「Open Agentic Web」といった新しい概念にも触れながら、「企業のAIエージェントと個人のAIエージェントが、プラットフォーマーを介さず直接やり取りする世界」が見え始めていると説明します。

「これからのWebは、ページだけでなく、AIエージェントそのものが構成要素になります。広告を人間に見せるのではなく、AIエージェントが理解できる形で情報を渡す必要が出てきます」と述べ、APIやWebの在り方が根本から変わる可能性に言及しました。

AIの評価軸は「知能」から「効用」へ

APIの進化とともに、AIそのものの評価軸も変わりつつあります。AI研究の流れを整理する中で今井氏は、プリンストン大学の研究者・Shunyu Yao氏による「The Second Half」という概念を紹介しました。

これまでは、AIの「賢さ(知能)」を高めること自体が主な目標でした。しかし、生成AIが多くのベンチマークで人間を上回り、「IQ5,000が5,060になっても違いが分からない」レベルに到達しつつある現在、「どれだけ賢いか」よりも「どれだけ役に立つか(効用)」が重要になるという考え方です。

その文脈で再び脚光を浴びているのが「強化学習」です。LLMに強化学習を組み合わせることで、単に正答率を上げるのではなく、「ユーザーにとって便利な振る舞い」を学習させる試みが広がっていると解説。

この流れを踏まえ今井氏は、これからの企業に求められる視点の転換を以下のように示しました。

「企業側も、AIの評価軸を『どのテストで何点取れたか』ではなく、『どれだけ業務の生産性を上げられたか』『どのプロセスを自動化できたか』といった効用ベースで設計し直す必要があります。」

AGIがもたらす社会変革とエンタープライズの責任

講演の終盤、今井氏は、今後数年の見通しと社会への影響について言及。

「このままスケーリングとAIエージェント、ロボティクス、世界モデルの研究が進めば、人間の知的行動のほとんどをこなす『汎用人工知能(AGI)』が実現する可能性が高い」とした上で、知的労働、肉体労働の役割分担や雇用の在り方が大きく変化すると語ります。

同時に、資本主義や税制、社会保障制度など、人間の労働を前提に設計されてきた仕組みを見直す必要性にも触れ、「AI技術だけでなく、社会制度側もアップデートしていかなければならない」と警鐘を鳴らしました。

まとめ:AIエージェント時代に向けて、企業がいま取り組むべきこと

壮大な未来予測を経て、最後に今井氏は企業に対して次のような実践的なメッセージを送りました。

「AI技術の進化スピードは、すでに私たちの直感よりも速いペースで進んでいます。その前提に立ち、企業は経営戦略やIT戦略を設計し直すことが必要です。」

その上で、具体的な設計見直しのポイントとして以下3点を挙げます。

  1. AIネイティブな情報環境・業務フローへの作り替え
  2. AIエージェントを前提としたAgent-readyなAPIアーキテクチャの整備
  3. AIの「効用」に基づく評価指標・KPIの再構築

生成AIとAIエージェントの最前線を研究者の視点から俯瞰しつつ、エンタープライズが直面する機会とリスク、そしてAPIアーキテクチャの重要性を具体的に示した今井氏の基調講演。本イベントのテーマである「No API, No AI, No FUTURE」の重要性を実感させるセッションとなりました。

オンデマンド配信のご案内

当日のセッションの様子は、オンデマンド配信にてご覧いただけます。ご参加いただけなかった方や、改めて内容を確認したい方は、ぜひ下記リンクよりご視聴ください。

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